【徹底解説】DCF法における繰越欠損金の扱い:理論から財務モデルへの反映まで

はじめに

繰越欠損金(NOL:Net Operating Loss)とは、一言で言えば「税務上の赤字を翌年度以降に持ち越し、将来の課税所得と相殺できる制度」のことです。企業は利益が出た年度に法人税を支払いますが、前年度以前に赤字(欠損金)が出ていた場合、その赤字分を当年度の利益から差し引くことができます。

バリュエーション実務、特にDCF法において、対象会社のNOLは、将来のキャッシュ・アウトフロー(税金支払)を減少させる効果を持ちます。この「税金節約効果」を適切にモデル化することは、企業価値評価の正確性を担保する上で重要なプロセスです。

NOLを単に欠損金残高に税率を乗じた「ストック」として捉えてValuationに反映させる手法は不十分です。本記事では、時間価値と税制上の制約を考慮した手法と、実務上の広範な留意点を解説します。


予測期間のFCFへの組み込み

ファイナンス理論において、NOLの価値を評価する方法として最も一般的かつ整合的なのは、「予測期間におけるフリー・キャッシュ・フロー(FCF)の算出過程で、繰越欠損金がFCFへ与える影響額を直接算出する」アプローチです。

FCFへの組み込みが推奨される理由

NOLの価値は、それ単体で存在するのではなく、将来発生する「課税所得」と相殺されることで初めて発現します。

NOLがいつ、どの程度の規模で消化されるかは将来の課税所得水準に依存しますが、消化されるタイミングが異なる場合、当然現在価値は異なります。予測期間の各年度のキャッシュフローにNOLの消化によるキャッシュフローの変化額を織り込むことで、DCF法の割引計算の中にその時間価値を正しく考慮できます。

実効税率を30%とし、100億円のNOLを保有する企業の価値を比較します。最終的な節税額の合計はどちらも30億円(100億円 × 30%)ですが、WACC(割引率)を10%と仮定すると、その評価額には差が生じます。

ケースA:1年目で全額使用

1年目の期末で100億円をすべて使用し、節税額30億円を即座に享受した場合。

  • 節税額の現在価値(PV): \(30\text{億円} / 1.1 = \) 約27.3億円

ケースB:10年かけて均等に使用

毎年期末に10億円ずつ10年かけて使用した場合。

  • 節税額の現在価値(PV): \(3 \times \frac{1-(1.1)^{-10}}{0.1} = \) 約18.4億円

財務モデリングにおける留意点

NOLのモデル化は、税法やバリュエーション理論との整合が求められます。

税法上の制約との整合性

  • M&A実施後に対象企業の繰越欠損金を引き継ぐためには一定の条件を満たす必要があるため、検討している案件が条件を満たすかの確認が必要です。
  • 繰越欠損金の控除には限度額があるため、限度額と整合するNOLの消化を計画する必要があります。
  • NOLには利用できる期限があるため、期限と整合するNOLの消化を計画する必要があります。
  • グループ通算制度採用時は制度と整合するNOLの消化を計画する必要があります。

バリュエーション理論との整合性

  • NOLは一過性の効果のため、TV算出用のFCFにはNOLを考慮しない税額を適用します。当初計画していた計画期間でNOLを消化しきれない場合は、計画期間の延長や、NOLの現在価値を計算した上でValuationに反映させるなどの調整が必要になります。
  • FCFにNOLを織り込んだ場合、重複して考慮することを防ぐため、NOLに係る「繰延税金資産」を非事業用資産に加算してはいけません。

まとめ

繰越欠損金の反映は、DCF法におけるキャッシュフロー予測の精度を高めるために不可欠な要素です。

  • NOLをストック(非事業用資産)として一括加算するのではなく、予測期間のCF計算に組み込むことで時間価値を反映する。
  • 法人税法上の控除制限や繰越期間、承継制限を反映したスケジュールを構築する。
  • TVの計算では、税制メリットが終了した後の法定実効税率を適用し、定常状態の論理的整合性を保つ。

これらの留意点を遵守することで、論理的整合性と実務的妥当性を兼ね備えたバリュエーションが可能になります。

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